Home > 書評

Web 酒 肴

«前へ || 1 || 次へ»

すうじあむに『数学ガール』掲載

『数学ガール』はJavaやPerl関連の著者としても有名な結城浩さんが執筆した、数学を題材とした小説です。 内容はかなり硬派な数学の話題となっているのですが、その中にほんわかとした高校生の青春や恋愛が顔を見せ、 時にそれが数式と絡み合いながら進んでいく物語となっています。

僕も購入しましたが、正直言ってかなり難しい。 少なくとも高校の理系数学はある程度すらすらできる人じゃないと読めないと思います。 その分、数学が得意な人には読み応えがあり知的好奇心をかきたてられるものとなっています。

で、この数学ガールですが、なんとその原稿の一部をすうじあむに掲載させていただく許可をもらいました。 結城さんと何度かメールのやりとりをさせてもらいましたが、一方的にお願いしているにも関わらず、こちらの事情も汲んだ上で話をしてくれるとても優しい方です。

数学ガールを読んだことのない人は、ぜひ読んでください。

すうじあむ - セレクション - 数学ガール(Web版)

また、すうじあむに掲載しているのは本書の中のごく一部なので、面白ければぜひ書籍を読むことをお勧めします。

数学の小噺

最近、仕事の関係で数学に関連する本を読んだ。 先日のエントリーに習って、一切ネット上の情報を見ずに、本屋に行って自分の目で選んだ本だ。

5分でたのしむ数学50話

50話の様々な数学的な話が載っているのだが、その中の一部はかなり数学的な知識、考察力が要求される。 正直しんどい話題も多かったのだけど、中には生活に密着した話題もあり非常に楽しめた一冊だ。 その中の一つを自分なりに紹介しよう。

  • まず適当な5桁の数字を思い浮かべてみる(例:12345)
  • その数字の一番上にもう1桁追加した数字に関して考える(例: 112345, 212345, 312345 ......, 912345)
  • 適当に数字を作成するとき、もちろん偶然に上記の数字が出現する確率もある
  • しかし、上記の9つの数字の出現確率は実は一様ではない

というものだ。 つまり偶然「112345」という数字と「912345」という数字が出てくる確率には差があるのだ。 これを実証するために、非常に面白い実験をしていた。

それぞれの数字をGoogleで検索してみるのだ。 まず最初に「112345」をググッてみる。 するとたまたま商品IDがこの数字に一致したページなどがヒットする。 僕の環境では4550件だ。

次に「212345」を検索してみよう。 同じように偶然何かの数字の羅列に一致したページがヒットする。 その結果は3820件だった。

同じように「312345」、「412345」.....最後の「912345」まで検索していくと、たまにバラつきはあるが、徐々にヒット件数は減少傾向にあることがわかる。 実はこれは偶然ではないのだ。 確率どおりに結果が出たとしたら、先頭の数字が1から9に増えていくにしたがって、ヒット件数は減少していくらしい。 そしてその減少率も算出できる。 これは別に「12345」じゃなくてもいいし、5桁の数字でなくともよい。 本当に適当に思いついた数字で同じことをやっても、大体出現率は似たような比率になるのだ。

これはベンフォードの法則というらしい。 僕は感覚としてはまだこのベンフォードの法則をイメージできない。 なぜそのような結果になるのか、多分対象が「ランダムな6桁の数字」などのように桁数を固定していないことが絡んでいるのだとは思う。 しかし、具体的に確率分布が頭の中に浮かんで、適当に選んだ数字が9つの箱の中に(箱には1から9までの数字が書いてる)ベンフォードの法則に即した配分率で入って行くような、そんなイメージは到底頭に描けていない。

僕は学生時代、数学がそれなりに得意だったけど、それは頭にイメージを描けていたからだと思っている。 例えば1+1などという式は頭の中で1つの箱と1つの箱が重なって2つ分の高さになる。 こんなイメージは誰にでも湧くと思うのだけど、これがもう少し高度な内容になってもできていた。 ルート2を思うとき、長さ1.4少しの棒が2本、お互いを1.4倍くらいの長さいに「ぐにゅ~っ」と引き伸ばして、ちょうど2の長さになる。 また、数列や確率など様々な場面で公式を覚えてきたが、その公式たちの多くは肌で感じていた。 aとかbとかに数字を入れて答えを出すのではなく、そのaやb達が公式の中で伸びたり捻じれたりしながら答えに近づく様子がイメージできた。

だけど、中には全くイメージの湧かなかったこともある。 虚数もその一つだ。 2乗して-1になるってなんぞ?!全く意味不明!

だけど学生時代はそれでも点を取らなければいけなかった。そうなれば後は知識として憶えるしかない。 もちろん問題は解けるが、どこかにもやもやした気持ちが残る。 だから虚数の問題は好きではなかった。

数学の勉強から解き放たれて15年ほど。 この本で読んだ虚数の話は、なぜか面白いと感じた。

なぜだろうか?

それは恐らく、全くイメージが湧かなかったからだ。 当時はそれが原因でその問題を嫌っていた。しかし、それが今では全く逆になっているのだ。

自分に理解のできない世界がある。 でも、わかってる連中はどうやらその世界に住んでいるらしい。そこには確かに人がいるんだ。 それって本当はものすごく冒険心を刺激されるってことに気がついたわけだ。

わからないなりに進まなくてもいいんだ。 道が見えるまでそこに立ち止まっていればいいんだ。 その中で道を探そうと足元を照らしてみたり、きょろきょろと周りを見回してみたり、それこそが勉強するってことなんだと思った。

高校が30歳からの義務教育ならよかったのに。 世界が早熟を求め過ぎているのか、僕が晩成なのかどっちなんだろうか。

«前へ || 1 || 次へ»

Home > 書評

Search
Feeds

Page Top